ボコ・ハラムとは?拉致された少女の末路が酷すぎる...

ナイジェリアの原理主義組織「ボコ・ハラム」はナイジェリア北部に「カリフ国家」を創設するまであと一歩というところに来ています。「ボコ・ハラム」の正式名称は、「宣教及びジハードのためのスンニ派イスラム教徒集団」と言います。

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目次

  1. ボコ・ハラムとは?
  2. ボコ・ハラムの創設時期
  3. ボコ・ハラムの攻撃対象
  4. ボコ・ハラムの兵力
  5. ボコ・ハラムの活動地域
  6. ボコ・ハラムの指導者
  7. ボコ・ハラムの組織統制
  8. ボコ・ハラムのテロの特徴
  9. ボコ・ハラムの少女拉致事件
  10. 「ボコ・ハラム」はボコっと孕む?キケンを孕む?
  11. まとめ

ボコ・ハラムとは?

出典: http://www.sbs.com.au

日本でも過激なテロ組織として知られるようになったボコ・ハラム(Boko Haram)は、西アフリカのナイジェリアの北部に拠点を置く「イスラム教スンニ派過激組織」のことで、「ナイジェリアのタリバン」とも呼ばれます。

正式名称は「宣教及びジハードのためのスンニ派イスラム教徒集団」(日本語訳)といいます。

ボコ(Boko)は、「西洋式の非イスラム教育」の意味で、ハラム(Haram)は、アラビア語の「罪」という意味で、ボコ・ハラム(Boko Haram)とは、「西洋の教育は罪」という意味になります。

現在ボコ・ハラムは、ナイジェリア北部の各州に「シャリーア」(ローマ法を起源としないイスラム法)の導入を目指して殺害などの武装闘争を行っていて、アルカーイダ(オサマ・ビン・ラディンが築いたイスラム主義を標榜する国際的テロ組織)と連携し、またISIL(イスラム国、The Islamic State of Iraq and the Levant)には忠誠を誓っています。

イスラム国より怖ろしい「ボコ・ハラム」

「ボコ・ハラム」は、あのイスラム国より怖ろしいと言われています。

イスラム国は過激派としてその名を知られており、その矛先は外国人にも向けられ世界中にその脅威を及ぼし残虐な処刑を繰り返しています。

日本も無関係ではなく、日本人の湯川さんも拉致されました…。

イスラム国は、拉致や公開処刑など非人道的なことを繰り返していますが、イスラム国の危険性は、あのアルカイダでさえ脅威に感じて(?)イスラム国を破門してしまった程なんです。

しかし今や「ボコ・ハラム」は、そんなイスラム国より怖ろしいと言われています…。

ボコ・ハラムの創設時期

ボコ・ハラムが創設された時期は、2002年頃と見られています。

ボコ・ハラムの攻撃対象

ボコ・ハラムの攻撃対象は、現在、治安当局の他,キリスト教関連や一般の住民の殺害にまで拡大しています。

具体的には、政府関係者及び施設を主な攻撃対象とし、キリスト教徒やキリスト教会,ボコ・ハラムに批判的なイスラム教徒,イスラム指導者などにも攻撃を行っています。また一般市民が多く集まる場所での自爆テロも頻繁に行って何の罪もない人の殺害を行っています。

また、ボコ・ハラムの報道担当は「米国は第一の攻撃目標である。」と述べています。

ボコ・ハラムの兵力

ボコ・ハラムの兵力数は、数千人規模とされますが詳細は不明です。

ボコ・ハラムの活動地域

ボコ・ハラムの活動地域は、ナイジェリア北東部のボルノ州やアダマワ州,ヨベ州,カノ州などです。

また、ナイジェリア国外の近隣国でもテロ殺害活動を繰り返し、カメルーンやチャドやニジェールにおいてもテロを頻発させています。

ボコ・ハラムの指導者

ボコ・ハラムのを作ったのは「モハメド・ユスフ」(Mohammed Yusuf)という人物であり、2014年現在のボコ・ハラムの指導者は、「アブバカル・シェカウ」(Abubakar Shekau)です。

しかし、ナイジェリア秘密警察の広報官によれば、本物の「アブバカル・シェカウ」(Abubakar Shekau)は2003年に殺害されていて、その後は複数の人物が「アブバカル・シェカウ」(Abubakar Shekau)を名乗っていると述べています。

現在は、「アブバカル・シェカウ」(Abubakar Shekau)の名前が一人歩きしている状態になっていて、2014年にボコ・ハラムとナイジェリア政府が和平交渉を試みた際には、「アブバカル・シェカウ」(Abubakar Shekau)の代理を名乗る人間が殺到し、外部の人間からはボコ・ハラムの実際の指導者や、組織の全体像が非常に分かりにくいことが判明しています。

その後、2016年にはナイジェリア大統領であるムハンマド・ブハリ(Muhammadu Buhari)氏が、ボコ・ハラム(Boko Haram)の指導者アブバカル・シェカウ(Abubakar Shekau)容疑者が「負傷した」ことを確認し、組織から追い出されたとの見方を示した。

それに対して、「アブバカル・シェカウ」(Abubakar Shekau)容疑者は、自分がボコ・ハラムから追放されたという話を否定する動画を公表するなどして組織内部での権力抗争が激化していることが伺えます。

その一方で、ボコ・ハラムの創始者であるモハメド・ユスフ(Mohammed Yusuf)師の息子とされるアブムサブ・バルナウィ(Abu Musab al-Barnawi)師がボコ・ハラムの新しい指導者に就任したとの説があります。

「モハメド・ユスフ」:ボコ・ハラムの指導者

・モハメド・ユスフ(Mohamed Yusuf)は、ボコ・ハラムの設立者。イスラム聖職者。

・1970年生まれで、ナイジェリア北部のヨベ州出身。

・2002年に「ボコ・ハラム」を結成。

・ナイジェリア北部でのシャリーアの施行を求める一方、政府当局に敵対せず合法的にシャリーアの普及活動等を行う。

・政府の締め付けが強化されると、過激な説法が増加した。

・2009年ナイジェリア当局との戦闘で殺害され死亡。

「アブバカル・シェカウ」:ボコ・ハラムの指導者

・最高指導者。

・1969年生まれで、ナイジェリア北部のヨベ州出身。

・2010年「ボコ・ハラム」の指導者に就任。

・彼の就任後「ボコ・ハラム」は過激な手法を採るようになり、攻撃対象を一般市民にまで拡大し殺害を繰り返している。

「アブムサブ・バルナウィ」:ボコ・ハラムの指導者

・「ボコ・ハラム」の創設者モハメド・ユスフの子息であるとされる。

・ISILの週刊誌「アル・ナバア」が、西アフリカ州の知事として紹介。

・モスクや市場でのイスラム教徒を標的とした殺害テロを批判。

ボコ・ハラムの組織統制

「ボコ・ハラム」の運営機関は「シューラ評議会」だが、組織内は一枚岩ではなく統制が十分ではない。

指導者の「アブバカル・シェカウ」は、出身地のボルノ州では影響力を保持しているものの、他の地域では影響力が限定的とされています。

ボコ・ハラムのテロの特徴

ボコ・ハラムのテロの特徴は、女性や子供を利用することがあげられます。

2016年に国連児童基金(UNICEF)が発出した報告書では、

・ナイジェリアやチャド、ニジェール、カメルーンで自爆テロに利用された子供の数は86人。

・2014年1月~2016年2月の間に同地域で発生した殺害自爆テロの24%は子どもを利用したもの。

と報告され、「ボコ・ハラム」が子供たちを誘拐し「自爆テロ要員」として利用しているとして国際社会から非難されました。

この他にも拉致された少女が、子供を孕む姿で帰還した姿なども紹介されています。

ボコ・ハラムの少女拉致事件

2014年4月ナイジェリアボルノ州の公立中高一貫女子学校から276名の女子生徒が拉致され、「ボコ・ハラム」の犯行声明が出された。

ボコ・ハラムの少女拉致事件の背景

「アブバカル・シェカウ」がボコ・ハラムの指導者に就任した2010年以降、彼らは学校を攻撃目標とするようになり、大勢の生徒が殺害されました。

ボコ・ハラムは、政府が欧化政策を続けるかぎり、学校に対する攻撃を続けていくと発表しています。

また、ボコ・ハラムは、女性は教育を受けるべきではない、として少女を誘拐し、料理をさせたり性的奴隷としていることが知られていました。

ボコ・ハラムの少女拉致事件の発生

事件以前、殺害テロの多発・治安の悪化により学校は閉鎖されていたが、試験を実施するため複数の学校から生徒が集められていたボルノ州の公立中高一貫女子学校から276名の女子生徒が拉致されました。

試験には530人の生徒が登録したが、襲撃当日何人の生徒が居合わせたかは不明のままで、警察は、被害者は276名で、そのうち53名が自力で戻ってきたと発表しました。

別の報告では、329名の少女が誘拐され、276名が現在も行方不明のままとしています。

このときナイジェリア軍は事前に襲撃計画をつかんでいながら、援軍を送る余力がなかったとしています。

ボコ・ハラムの少女拉致事件その後

拉致された生徒たちは、イスラム教への改宗を強いられたり、ボコ・ハラムのメンバーとの結婚を強要されたりしたことが判明しています。

その他にも、

・ボコ・ハラムの指導者「アブバカル・シェカウ」が犯行声明を出し「アラーは彼女らを売るようにと私に命じた。私はアラーの命令を遂行する」と宣言。

・また「私の信仰では奴隷制度が認められている。」

・「私は(これからも)民衆を捕まえては奴隷とするだろう」とも発言。

・「女性は学校になど行くべきではない。」

・「9歳から結婚できるのだから結婚するべきだ」と主張。

この後、ボコ・ハラムは誘拐した女生徒たちと拘留されている組織のメンバーとの交換を望んでいると発表し、人質交換交渉の中で、誘拐された少女たちが映るビデオを公開しました。

そして2017年5月、スイスと赤十字社の仲介で82人の生徒が、拘束されていたボコ・ハラムの幹部5人と交換に解放されました。

(当初は、83人解放される予定だったが、1人が戦闘員との結婚を理由に解放を拒否したとのことです。)

ボコ・ハラムが返り討ちで200人死亡

ボコ・ハラムは、その後、村を襲撃する際に返り討ちにあって200人が死亡殺害されました。

ボルノ州では「ボコ・ハラム」とされる武装集団が村を襲撃した際に、逆に村人の返り討ちにあって、約200人の戦闘員が殺害されました。

弱い立場のものに対するテロ活動は憎むべきものですが、返り討ちにした村びとも凄いと日本でも話題になっています。

プロのテロ集団を返り討ちにするなんて、信じがたい気もしますが…詳細はよく分かっていません。

一部では、村人が返り討ちにしたのではなく外国の特殊部隊が返り討ちにしたのでは? 等の憶測を呼んでいます。

確かに村人ではなく、某国の特殊部隊が返り討ちにした可能性の方が高い気がします。

「ボコ・ハラム」はボコっと孕む?キケンを孕む?

日本では、「ボコ・ハラム」に拉致監禁された少女が、無理やり結婚させられ戦闘員の子供を孕むのを見て、「ボコ・ハラム」という名称自体が、日本語で「ボコっと孕む」とそのままを表現しているという意見もあったりします。(ブラックジョークですね。)

また、拉致から解放された少女が孕む危険性を指摘する声もあるようです。

「少女がキケンを孕む?どういうこと?」と思いますが、

監禁中に危険思想に洗脳された少女たちが村に危害を加える恐れがあるとして、少女の帰還が歓迎されないケースがあるからです。

生まれた子供を巡って「ボコ・ハラム」のメンバーが取り返しにきたりなど、確かにキケンを孕む存在なのかも知れません…。

まとめ

ボコ・ハラムの少女拉致事件の被害者2人が、2017年アメリカのトランプ大統領を訪問しましたが、いまだ100名以上の少女が監禁されたままになっています。

ボコ・ハラムによる弱い立場の人々へのテロとナイジェリア政府の不十分な対応の結果、ナイジェリア北東部では今も多数の人びとが殺害テロの恐怖の中で生活しています。

日本は何かできることはないのでしょうか?

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