【1300年に2人だけ達成?】命がけの千日回峰行がえげつなすぎる。。。

あなたは千日回峰行という苦行をご存知でしょうか 日本で一番の苦行と言われており、過去に達成した人は本当にわずかな人だけです。 千日回峰行を始める前に失敗した時に自害するための短刀も持たされるとか。。。。 今回はそんな千日回峰行をご紹介します。

【1300年に2人だけ達成?】命がけの千日回峰行がえげつなすぎる。。。のイメージ

目次

  1. 千日回峰行とは
  2. 千日回峰行の細かいルート
  3. 千日回峰行の食事
  4. 千日回峰行を実際に達成した人
  5. 大峯千日回峰行を達成した塩沼亮潤氏の話
  6. 千日回峰行を行う人の生活
  7. 千日回峰行のまとめ

千日回峰行とは

出典: http://saigaijyouhou.com

千日回峰行とは比叡山の峰々を縫うように巡って、礼拝をする修行です。
平安時代前期の天台宗の僧である相応和尚が千日回峰行の祖とされています。

千日回峰行は7年間をかけて行います。
最初の1~3年目で年間100日間を使い、1日に30キロメートルの行程を毎日歩きます。
4~5年目は同じ工程を200日間行います。

つまり、一年の大半は毎日30キロメートルをあることに費やすのです。
歩くことが仕事みたいですね笑
合計で700日の工程を達成したのちに、9日間の断食・断水・不眠・不臥である堂入りと呼ばれるものに入り、不動真言を唱え続けます。

食わず、飲まずで寝ることもできないなんてまともな精神状態ではいられないですよね笑

しかし、これで終わりではなく。。。。。

このあとの6年目に京都の赤山禅院への往復が加わり、100日間60キロメートルの行程を歩んでいきます。

1~5年目の倍の距離ですね。

その後最後は200日間歩きます。
前半は京都市内を巡礼するので84キロメートルにも及びます。
そしてついに最後は30キロメートルに戻り、達成となります。

この千日回峰行は

この千日回峰行は法華経中の常不軽菩薩(じょうふぎょうぼさつ)の精神を具現化したものともいわれます。

常不軽菩薩の精神とは出会う人々のすべての仏性を礼拝しました。
千日回峰行はこの精神を受け継ぎ、山川草木などすべてに仏性を見出し、礼拝していくものです。

千日回峰行の細かいルート

千日回峰行のステージは下記になります。

1~3年目の千日回峰行

出典: https://matome.naver.jp

1日30kmを260ヶ所礼拝しつつ6時間で巡拝。年100日の修行。
現代でいうと下記のコースになります。

坂本観光駐車場

庄墓

■明王堂

ケーブル延暦寺駅

■根本中堂/東塔

■浄土院/西塔

■釈迦堂(ランチ)

ドライブウェイ横断後
峰道へ

せりあい地蔵

■横川中堂/横川

■元三大師御廟

■牛尾宮

■日吉神社

坂本観光駐車場

今でもこの回峰行の道を歩いてみる人は多いです。
この30kmの道のりを雨の日も風の日も暑い日も雪の日も歩いて回ります。

http://www.fujinsha.co.jp/2015/04/23/sennichikaihougyou/

4~5年目の千日回峰行

出典: https://matome.naver.jp

上記のルートと同じルートを年間200日行います。
この200日という数字は社会人の人たちが週5で働いている日数とほぼ同じくらいになります。
つまり出勤するたびに30kmを歩いているということになります。

6年目の千日回峰行

上記のプランに下記が加わります。
比叡山から雲母坂を下って赤山禅院へ至り、赤山大明神に花を供し、ふたたび比叡山へと上る往復。

6年目には一日60kmを歩くといわれており、より過酷な修行になっています。

千日回峰行の食事

なんとこの過酷な荒行である千日回峰行での食事はたったの下記だけだそうです。

塩茹でのじゃがいも2個
豆腐半丁
うどん半皿

しかも2食しか食べず、この食事を1000日間続けるとのことです。

本当に人間の体は不思議なもので、この食事を行いながら30kmとか60kmを歩いちゃうわけです。
本当に人間の体は不思議なものですよね。

現代の栄養学から見ると、実際に千日回峰行を達成した酒井師の体重は一年間で0になります。しかし、酒井師の表情は生気にあふれており、人間は食べ物だけで生きているわけではないということが確信できます。

千日回峰行を実際に達成した人

出典: https://grapee.jp

1940年10月:箱崎文応さん

1946年9月19日:叡南祖賢さん 達成者38人目で戦後の1人目です

1953年9月18日:葉上照澄さん 39人目 戦後2人目
勧修寺信忍さん 40人目 戦後3人目

1960年:叡南覚照さん 41人目 戦後4人目)
小林栄茂さん 42人目 戦後5人目)

1962年:宮本一乗さん 43人目 戦後6人目

1979年:叡南俊照さん 45人目 戦後8人目

1990年:光永覚道 47人目 戦後10人目

1994年10月18日:上原行照 48人目 戦後11人目

2003年9月18日:藤波源信 49人目 戦後12人目

2009年9月18日:光永圓道 50人目 戦後13人目

2017年9月18日:釜堀浩元  51人目 戦後14人目となっています。

戦後はたったの14人が比叡山千日回峰行を達成した人となります。

大峰千日回峰行に関しては1300年で二人目だそうです。

大峯千日回峰行を達成した塩沼亮潤氏の話

出典: https://grapee.jp

この行に入ると少ない食事の中でとてつもない道のりを歩きます。
すると1カ月目には栄養失調になり、3か月目には爪が割れてきます。

それでも毎日歩かなければいけません。

このような苦行の中で塩沼亮潤氏は次のようなことが頭に浮かんだといいます。

「17日目。行者なんて次の一歩が分からないんだ。行くか、行かないかじゃない。行くだけなんだ。理屈なんか通りゃしない。もし行かなけりゃ、短刀で腹を切るしかない。そう、次の一歩が分からないんだ」

「489日。腹痛い。たまらん。体中の節々が痛くてたまらん。道端に倒れ、木に寄りかかり、涙と汗と鼻水を垂れ流し、でも人前では毅然と(している)。俺は人に希望を与えさせていただく仕事。
人の同情を買うようでは行者失格だと言い聞かせ、やっと蔵王堂に帰ってきた。なんで48km歩けたんだろう。さっき、近所のおばちゃんが『軽い足取りやねえ、元気そうやねえ』と(言ってきた)。
俺は『はい、ありがとうございます』と答えたが、本当は違うんだよ。俺の舞台裏を誰も知る人はいないだろう。いや、知ってくれなくていい。誰に見られることを意識しない。野に咲く一輪の花のごとく、御仏に対し、ただ清く正しくありたい」

「563日。人間は皆平等であると思います。この地球に生まれ、空気も水も光も平等に与えられていることを感謝しなければならないと思います。夜空の星の数は人間が一生かかっても数え切れないといいます。
それを考えたならば、もっと心豊かに生きていかなければならないと思いました。自分の胸に手をやれば心臓が動いています。
しかし永遠に動いていることはないと思えば、人生という与えられし限られた時間を大切に生きられるはずです。自分を大切にするように、人をも尊重するということも忘れてはいけないと思います。
思いやりの心が私たちに幸せをもたらす道です。朝起きる、歩く、食べる、寝る。人間生活の原点に返り、たった1人お山にいるとこんなことを考えてしまいます」


https://logmi.jp/business/articles/41508

これらの経験から本当に究極に追い込まれた人間は自分の経験や命がけの経験をした人間ってやっぱり強くなれる気がしますよね。

死と隣り合わせの人間や苦しみに苦しみぬいた人間と何もしていない幸せな人間とを比較すればやっぱり前者の人間の方が感情が豊かになりますよね。

千日回峰行を行う人の生活

夜23時半に起床します。
そして、滝に打たれて、身を清め、おにぎり2つと500mlの水を持って、午前0時半に山へ向かいます。

そして、朝8時半に登頂し、戻ってくると約3時半です。
その後、洗濯や次の日の用意をして、4時間半睡眠で次の日を迎えます。

こんな生活を100日以上毎年行います。

千日回峰行のまとめ

日本の中でもかなり厳しい荒行だと思います。
そもそもこの行を行うことに何のメリットがあるのか? なぜやるのかなどは本当に人それぞれだと思います。

ただし、厳しい環境、辛い環境を乗り越えることで色々みえてくることはあるのかなと

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